 |
“キクロンおばさん”
国籍:異国人(ドイツ系?)
住所:全国各地を転々としている
年齢:推定40歳 |
| 昭和30年代、菊たわし製造所(現キクロン)の「しゅろたわし」は家庭の必需品としてゆるぎない地位にあった。ところが、当時の社長(現会長)の児玉勲は、同商品ではおもしろくないと、画期的な「キクロンA」を考えた。 しかし、思ったようには売れなかった。2・3年経ったある日、生涯忘れることのできない「異国婦人」との出逢いが・・・。 |
| 「しゅろたわし」は地場産業として各社が製造していた。児玉勲も例にもれず、「しゅろたわし」を販売していたものの、オリジナル性に乏しく、特長のある商品を求めていた。昭和35年、ダッコちゃんブームの年だ。彼は「ナイロン不織布」を見たのがきっかけとなり、「スポンジ」と貼り合わせる方法を考案する。 |
| 画期的な「キクロンA」ができた訳であるが、売れ行きが思わしくない。当然であった、当時「しゅろたわし」が30円だったのに、この「キクロンA」は90円という破格な値段であった。児玉は得意先を訪れると、必ずキッチンに入り商品の良さを説明し、行き帰りの電車内では、乗り合わせた人にサンプルを渡して“とにかく使って下さい!文句なしに良いのです。”といって回った。 |
| 2・3年たったある日。“売り上げを3倍にするイラストを描く自信がある。”という絵描きが児玉のもとを訪れた。それは、当時としては画期的な「異国婦人」のイラストであった。彼は「キクロンA」のパッケージを一新させたのである。 その後、同タイプ商品の価格競争が激化。値下げを相当悩んだが、品質とパッケージデザインがポイントとなり、価格維持を図った。この頃から、売り上げは倍々ゲームのように増えていった。 |
単に独創的であっただけでなく、「品質保証と安全性」を追求した「キクロンA」は相当なシェアを占める大ヒット商品になったのです。
使いやすさを追求する姿勢は今も変わらず、接着剤を柔らかくして、さらに手になじむ感触に仕上げるなど見えない箇所での研究開発を続けています。あの絵描きが言った“3倍”が何百倍になって今の「キクロン」を支えているのです。 |
|
 |
 |
|
 |
 |
1948年(昭和23年)
和歌山県海草郡下津町に
おいて、菊たわし製造所を
創業 |
 |
 |
|
| 1958年(昭和33年)たわし製造の本場海南市に進出 |
 |
1960年(昭和35年)
キクロン本舗と名称を変更、
キッチンたわし
「キクロンA」の製造を開始 |
 |
 |
|
|
|
1966年 |
(昭和41年) |
キクロン株式会社に組織変更 |
| 1967年 |
(昭和42年) |
ナイロンタオルの販売を開始 |
| 1973年 |
(昭和48年) |
和歌山工場(現本社)の建設に着手 |
| 1974年 |
(昭和49年) |
新社屋の完成に伴い、和歌山に移転 |
| 1991年 |
(平成3年) |
海南市別院倉庫を改築 |
| 1995年 |
(平成7年) |
本社和歌山工場を増築 |
| 2001年 |
(平成13年) |
ユニバーサルデザイン「助具」(ジョグ)シリーズ発売 |
| 2002年 |
(平成14年) |
キッチンたわし「キクロンA」の新生産ライン稼動 |
| 2003年 |
(平成15年) |
ISO9001認証取得
キッチンスポンジ「RON」がグッドデザイン中小企業庁長官特別賞受賞 |
| 2005年 |
(平成17年) |
ショーワ株式会社のグループ会社として新生 |
| 2006年 |
(平成18年) |
本社オフィスを和歌山市六番丁に移転 |
|